政府「補償ではなく救済制度」 |
石綿による健康被害者で労災の補償対象外となる患者や遺族に医療費や一時金などを支給することを定めた「石綿救済新法」が3日、成立した。政府は救済内容について「救済されない被害者をなくす、すき間のない制度」と自負するが、患者や遺族からは労災補償との間に厳然とした格差が存在することなどから「期待した法律にはほど遠い」と失望の声が強い。
中皮腫は、1959年の国際会議で、鉱山から飛散した石綿を吸い込んだ周辺住民の発症例が報告された。国内では環境庁(現環境省)が遅くとも72年に、英国の石綿工場周辺で多数の住民が発症していたことを、論文を通じて認識していた。
しかし政府が住民被害の防止策に本格的に取り組んだのは89年の大気汚染防止法改正からだ。工場敷地境界の石綿濃度を「空気1リットル当たり石綿繊維10本」に規制したがその後も対応は鈍く、毒性の強い青石綿や茶石綿を禁止したのは95年、白石綿も含めて原則禁止にしたのは04年だった。
遺族らが情報不足で気付かず、時効のため全部または一部の労災補償を受けられなかったケースは判明分だけで約100件に上る。中皮腫の潜伏期間が30〜50年の長期に及ぶことを考えると、政府が70年代前半に対策を実施していれば、今後出てくる患者も含めた被害の多くは防ぐことが出来たと考えられる。
新法では救済対象となる工場周辺の住民被害者などには、認定患者に医療費自己負担分や療養手当(月約10万円)など、遺族には特別遺族弔慰金と特別葬祭料が支払われる。
一方、労災補償は原則として医療費だけでなく通院費も支払われ、ほかに休業補償、大学までの就学者に就学援護費、遺族には遺族年金か一時金が支払われる。労災補償を受けられた人との間で、数千万円の給付格差が生じるケースも起きる。
新法の救済対象者からは「石綿を扱う工場の敷地内と外で、命の代償が違うことに納得できない。現在の労災並み補償が不可欠だ」との声が上がっているが、政府は「今回の制度は補償ではなく救済制度。政府に損害賠償の補償をしなければならない不法行為はなかった」と説明する。
「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」(東京都江東区)の名取雄司所長によると、世界的に中皮腫の約8割は仕事中に石綿を吸い込んだことが原因とされるという。しかし日本では中皮腫による死亡者に対して労災認定が1〜2割にとどまっている。
名取さんは「医師や労働者本人、労働基準監督署などの認識不足で、多くの中皮腫患者が労災補償を受けていない。石綿問題に取り組んできたNPOなどの調査能力を労災認定で生かし、まずは『労災認定漏れ』をなくすべきだ」と提案する。 |
「アスベスト(石綿)を吸って危険性を知らないまま40年間生き、突然命を奪われた妻のことを考えると、到底納得できない」。石綿救済新法が3日成立したが、アスベストショックの震源地となった兵庫県尼崎市でかつて暮らした中皮腫患者の遺族に笑顔はなかった。労災補償を受けられる人との給付格差が数千万にもなるケースもあり、患者や遺族らは「過去の過ちを未来に持ち越さないでほしい」と、早急な改善を求めた。
01年に妻(当時64歳)を中皮腫で亡くした京都府京田辺市の男性(73)は1960〜61年、尼崎市のクボタ旧神崎工場から数十メートルの所にあった大手企業の社員寮で家族と暮らした。妻は99年に発症し、入退院を7回繰り返した。「まだ、私生きているの? 早く殺して」。男性は妻が苦しさのあまり口にした言葉を忘れられないという。
男性は「救済新法は、クボタの社員が受けた労災補償との差があまりにも大きい。国が患者の本当の苦しみを知らないまま、法律を作ったことがいらだたしい」と語気を強めた。
結婚するまで旧神前工場の近くで暮らして中皮腫になった主婦の土井雅子さん(58)=兵庫県伊丹市=は抗がん剤治療が続き、医療費の自己負担は月額約8万円に上り、貯金を取り崩すなどして賄っている。「医療費は早く支給してほしいが、通院の交通費や雑費も重くのしかかっている。一家の働き手が中皮腫になったら、新法による給付ではとても生活できない」というのが実感だ。
中皮腫患者らを支援している尼崎労働者安全衛生センターの飯田浩事務局長は「医療費の自己負担分の給付など、何もないことに比べれば前進」と一定の評価。しかし「国が見逃してきた同じ石綿で被害を受けた人たちの間で、救済に差が出るのは不公平。国は公害と認めるところからスタートすべきだ」と訴える。 |
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